はいずこに


「パパ東日本大震災の義援金は幾らしたの?私は10万円したわよ。」

と久しぶりに実家に帰郷した長女が問う。

「えぇ10万円だって!それ亭主は何も言わなかったのか?パパは町内会など6カ所で1000円ずつの6千円しかしていない。」

「何よそれ。被害にあった人たちは過酷な環境におかれて苦しんでいるじゃない。気の毒と思わない?ソフトバンクの孫社長は100億円したのよ、しかもその上今後引退するまでの役員報酬の全額を寄付すると言っているのよ。パパもっと張り込みなさいよ。」

「だって俺は年金暮らしだもんなぁ。」

家内が娘に向かって口を挟んで怒鳴った。

「何バカなこと言ってるの。貴方達夫婦だってそんなに裕福?身の丈にあったことをしなさいよ。安月給でそんなことしたら生活設計なんか立てられないじゃないの。」

テレビを見ていた。

大地震の後、たけり狂った波濤が、堤防も家も自動車も船も電車も橋も、ミニチュアの玩具のように手もなく瓦礫にして押し流し、恐ろしい速度で街を飲み込み、畑や田んぼをなめつくした。

テレビでは聞こえなかったが、私には怒気を帯びた津波の地鳴りと海鳴り、人の悲鳴と叫び、絶望のうめきと泣き声が聞こえて、夢うつつか、自分を疑った。

翌日のテレビには骨組みがむき出しになった原子炉建屋、福島第一原発の惨状がさらされた。

これが現実だと認識したとき、なぜこんな無慈悲で理不尽なことが起こるのか、神はどうして自然の残酷で悲惨な目に遭う人達を救えないのかとその存在を疑った。

人間社会には運不運がある。被災地でも車で逃げていたが、津波に追いつかれ、私の命もこれまでかと諦めたとたん、津波が高台へ車を押し上げてくれて一命を取り留めたという。

しかし助かった人も、寒くてひもじくて、段ボールのトイレで水がなくて手も洗えないという辛くて厳しい避難生活を強いられている。そればかりでなく家も財産も流れ、職業まで失ってこれからどうして暮らすのか、絶望の縁に立たされている人達が何10万人もいるのだ。

もちろんこの中には敬虔な信者もいるだろう。善行を積んでつましく生きていた人もいるだろう。これらの人達でさえ天災は容赦なく襲いかかるのである。

しかしよく考えてみると裕福で健康で何不自由なく暮らし、心配事の一つもなく満ち足りた生涯を過ごす人などいるのだろうか。それはないのではないか、それは長続きしなくて人間必ず苦難の時がありその繰り返しではないのか。しかしテレビの向こう側のこの天災は一瞬にして、永い歳月をかけて営々と築き上げた家も財産も全て奪い、ましてや愛する家族が津波にさらわれた人々のことを思うとその痛ましさは身も心も凍えてしまう。これはテレビの向こう側だけの話ではなく、テレビのこちら側でも30年に60%の確率で起こると言われている南海地震がある。

妻が言う、

「私がね、娘にね津波が出たら、この家は液状化現象は起きるし避難困難地区だから逃げるところもないし、私が逃げられてもパパは身体が弱ってるから逃げられないと思うのよ、そしたら生活的にも生きていけないわねと言ったのよ。そしたら娘は何と言ったと思う?『それじゃあ仏壇の前でお経を上げながら先祖と一緒に流されたらいいじゃないの』ってひどいと思わない?それで言ってやったのよ、私が死んで困るのはあなた方でしょう。介護をしているおじいちゃんやおばあちゃんはどうなるの。私はまだ死ねないのよって。そうは言ったけれど、仏壇と一緒に流れるのも一つの人生かなとも思うの。」

人の生涯は、幸不幸を繰り返すのではないか、不幸の時それを堪え忍んでまた幸福が訪れる、神は試練を与えながら幸福に導いていくのかも知れない。

企業も浮き沈みがあり、好況があり不況がある。人の生涯だって運命がある。東日本大震災は避けられなかったとしても神はやはり人の生涯には寄り添って支え、少しでも明るい未来へ導こうとしていて下さるのではないかと思うのである。四国霊場巡りだって、弘法大師さんと同行二人で苦行を共にするのである。

最後にブラジルの詩人アデマール・デ・パロマの詩を紹介しよう。この詩は曾野綾子さんの“老いの才覚”の巻末に掲げられていたもので是非紹介したい詩である。

───夢を見た、クリスマスの夜。

浜辺を歩いていた、主と並んで。

砂の上に二人の足が、二人の足跡を残していった。

私のそれと、主のそれと。

ふと思った、夢の中でのことだ。

この一足一足は、私の生涯の一日一日を示していると。

立ち止まって後ろを振り返った。

足跡はずっと遠く見えなくなるところまで続いている。

ところが、一つのことに気づいた。

ところどころ二人の足跡でなく、

一人の足跡しかないのに。

私の生涯が走馬燈のように思い出された。

なんという驚き、一人の足跡しかないところは、生涯でいちばん暗かった日とぴったり合う。

苦悶の日、

悪を望んだ日、

利己主義の日、

試練の日、

やりきれない日、

自分にやりきれなくなった日。

そこで主のほうに向き直って、

あえて文句を言った。

「あなたは、日々私達と共にいると約束されたではありませんか。なぜ約束を守って下さらなかったのか。どうして人生の危機にあった私を一人で放っておかれたのか、まさにあなたの存在が必要だった時に」

ところが、主は私に答えて言われた。

「友よ砂の上に一人の足跡しか見えない日、それは私がきみをおぶって歩いた日なのだよ」

 

(忠)


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