ほんまにが立つ


松本龍前復興相が辞表を提出する前に、村井宮城県知事に対して

「お客が来るときは自分がまず部屋に入ってからお客を呼べ、後ろから入ってくるな。長幼の序が分かっている自衛隊ならやるぞ。」

と言っているテレビの映像に向かって、

「あんな偉そうに言う大臣は辞めさせなさいよ。失礼なのはどちらなのよ。あの大臣被災地のこと理解してないじゃないの。」

となじっている妻の顔をまじまじと見てあきれた。なんという無自覚。上から目線の命令口調はお前とそっくりではないかと心の中で思った。

2度の勤めも定年を迎え、夢にまで憧れていた無職がやってきた。これから気ままに暮らせるぞと内心ほくそ笑んでいた。

そんなときパラサイトの娘が県外へ嫁に行った。夫婦2人になった。

気がついたら家の主人は妻なのだと知らされた。一家の面舵いっぱい、取り舵いっぱい切っているのは妻であって、私ではなかった。

家の改造をするときだって、妻が改造箇所や修理部分をすべて決めて業者を呼び交渉する。

私が横から

「それほど規模を大きくしなくてもいいんじゃないの」と言えば

「南海地震が来たらこの家はどうなるの!転ばぬ先の杖でしょう」

と一蹴されてしまう。それを建築業者もよく知っていて、家屋改造の交渉も夫婦並んで聞いているのに目は妻に向かっており、すべて妻との交渉で終わる。妻の留守に業者が訪れたとき、私の顔を見るなり

「奥さんは不在ですか?」と訊ね用向きを言わない。

「私がここの主人なのだぞ」と言ってやりたいが、段取りは妻がしているので黙るより他はない。

預貯金の管理だってすべて妻が行い一家の資金繰りは妻が担っている。

私の小遣いは私名義の口座にわずかばかり預金しているだけで、しかも使ったら家計簿をつけるからとレシートを要求する。そして文句を言う。

「年金生活なのよ。私が買うのは実用品ばかりだけれど貴方が買うのは、趣向品ばっかりでぇ。ガラクタばかりなんぼも買うて。もう子供に迷惑かけないように身軽にしていって身支度する年齢になっているんよ」

と言う。

友達が

「四国霊場を巡礼していると一組の夫婦遍路が互いに大声で罵り合いながら歩いているんだよ。あれで御利益あるとは思えないよ。」

と言っていたが、うちは毎日一方的に妻に叱りつけられており、昨日も私が着替えて外に出ようとしたら、妻が寝床から

「何処に行くの?」と聞き、

「四電プラザのスケッチ展」と答えると

「私が聞かなかったら黙って出かけるつもりだったんえ?私は身体が痛くて起きられないから寝ているのに、何かあったらどうするつもりえ?愛情が無いんやけん」

とあしざまに罵り。

夜は「私が掃除したり料理するときはパパは何もしよれへん。ちょっと家事をやってみたらどうで、年取って自立できんかったらどうするん」と皮肉を言う。

そればかりか、やれ窓が開いてない、閉まってない。やれ電気スタンドの点けっ放し、IHの電源を切っていないとか朝から晩まで注意されている。

本当にちゃぶ台をひっくり返し

「妻は3歩下がって亭主をたて、三つ指ついて夫を支えるぐらいのことができないのか!松下幸之助の奥はん“むめの”さんを少しは見習ったらどうだバカタレ」

と怒鳴ってやりたいのだが、結局黙って辛抱しているのだ。

腹が立つのは家の中ばかりではない。

この間までパソコンワード講座に近くの公民館へ通い、今は水彩画の講習に行っているが、募集要項や申込方法などを尋ねに公民館事務局へたびたび足を運ぶのだが、その度に学校の職員室に入ったような気分になる。

部屋には大きな応接セットが2組も置いてあるのに、こちらは立たせたまま、館職員は事務机の椅子にふんぞり返って返答し、講座内容を聞いても

「そんな事は講座の講師が決めることだ。先生に聞いて下さい」という。

信じられない。講座を企画するときに内容を検討しないのだろうか。

館長や職員は、校長先生や学校の先生の再就職だと聞いているが、先の講座では、開始日と終了日には館長が立派な挨拶をなさっていたではないか。

以前に伺ったときは館長や職員が地域の有力者にお茶を出して、前の応接セットで接待していたではないか。

地域の一般住民にはサービスしないのか?

コミュニティーセンターが地域の住民と交流しないでどうする。

責任者出てこいと言いたい。

話は変わるが、徳島県は10万人当たりの医師の数が京都に次いで全国2位だそうで、私の住んでいる地域にも医院がひしめいている。

そこで良いかかりつけ医を探しているが見あたらない。

患者の病気を本気で治す気があるのかどうかも疑わしい。

問診しない、触診しない、聴診しない医師の何と多いことか。いきなり検査してパソコンに見入る。

時代劇ではよく町医者がお脈拝見と言って脈で万病を突き止めていた。近代でも聴診器で万病を見分けることができる。

そりゃあアナログ時代の診療だと言うかもしれないが、それじゃデジタル時代では医療機器の検査でちゃんと分析でき病原を見つけることができるのか?

医療機器頼りで病気を診て患者を診ようとしない。

対症療法ばかりで薬をどっさり処方する。

大学病院や公共の大病院だってそうで、新聞やその他メディアでは患者中心の医療のような立派なことを言っているが、診察では、長い時間待たされたあげく、医者や看護婦は何処かしら上から目線の命令口調で取り調べのようだ。

また病状を一生懸命訴えても自分の専門外は相手にせず、他の診療科との連携などしようともしない。

徳島にはあのNHKテレビ番組新感覚医療エンタメに出演している総合診療医ドクターGのような医者はいないのか?

気分転換にと入会した文芸趣味の会の親睦パーティーに参加した。

私を誘ってくれた同級生が同じテーブルを囲んだ女性に私のことを紹介した。

そうしたらその女性があろう事か

「同級生なの?先生の方が30歳は若いわねぇ。」

と言ったので私は椅子から転げ落ちそうになった。

そりゃあ同級生の先生は、若作りだし、端整な顔立ちはしているし、しかも先生と呼ばれる職業だ。

それに比べて私と言えば老人の白骨遺体のように痩せていて、最近桂歌丸によく似ていると言われたりもしている。

先生を60歳に見たのなら私は90歳ということになる。冗談にしろ余りにも失礼ではないか。男だって老けてみられたらショックなのだ。礼節を知れと言いたい。

東日本大震災以来、人間の絆が如何に大切かを思い知った。

しかし一方で人間の絆がわずらわしいと感じることも本当に多いのである。

ほんまに腹が立つ事の多い世の中だ。

 

(忠)


前ページに戻る

Copyright(C)2009 徳島県中小企業団体中央会 All Rights Reserved.