じじいの夕


無職の年金じじいになって、はや4年になろうとしている。このところの1年はあっという間で、本当に実感のないまま過ぎていく。

水彩画教室で何時も隣で描いているおばあちゃんに

「歳の過ぎるのって、どうしてこんなに早いんでしょうね」

と言ったら

「年寄りになったら当たり前なのよ、だってそうでしょう。5歳の子の1年は5分の1だけど75歳だと75分の1の早さで過ぎ去っていくのよ。」

「そうなんですか、でも僕はそこまでいってないですけどね。」

「何言ってんの、この年の5歳や10歳大差ないのよ。でも貴方私とそんなに変わらないんじゃないの。」

「見た目はそうだけど!」

若い頃のイケメンだった顔立ちも、病後は凋落が激しく貧相で哀れな変貌を遂げて、最近は随分なじじいに見られるのだ。

おばあちゃんの言うとおり、このところの年月の早さは、そう言うことなのかと腑に落ちる思いがした。何時途切れるか分からない歳になってきた。

しかも震災などを考えると明日はないかもしれない。充実した生活を送らなければ、と思うが健康を害した年金じじいには今のところ趣味しかない。

しかし、将棋や水彩画をしても、英会話に取り組んでも“強くならない、上手くならない、上達しない”

将棋サークルには10人ほどの愛好家が指しているが、そのうち私の同級生の一人が突き抜けて強い。他を圧倒して勝率は9割に達している。このため、その場の全員の尊敬を一身に集めすごく楽しそうだ。

私は勝率4割そこそこで非常に悔しい思いをしている。

水彩画にしても講師が

「忠さんは色使いの勉強ができてないのよねぇ。草花の葉っぱは絵の具の緑を使ったのでは、本当の草花を表現できないの、光の3原色って小学校で習ったでしょう。そう、赤、青、黄色ね。この3色を混ぜることによってあらゆる色ができるの。そら黄色と青色を混ぜると緑ができるでしょう。この緑が自然の色なの、これに水を加えたり、白色や少しの赤で色々な草花が表現できるのね。忠さん来週からは絵の具は赤、青、黄色に白色の4色で描いてみて、他の色使っちゃあダメよ」

老人が小学生にさかのぼらなければならないのだ。

“あぁ面白くねぇ”

    

趣味の中でもお酒はいい。飲むとお湯につかっているようで、心の中が溶け出していくような温かい気持ちになる。月1回の“ワインを味合う会”が待ちどうしい。

先日テレビのバラエティ番組で、川島なお美さんが言っていたのだが、明石家さんまさんに結婚を機に夕食と共にとびっきり高級なワインをご馳走したのだそうだ。

“1995年 ロマネ・コンテ” 神のしずくと言われる200万円以上の超高級ワインだ。

さんまさんは飲んだ瞬間 「酸っぱぁ、なんやこれ」 と言ったとかで悔やんでいた。

ワインは奥が深いのだ。

ワインの香りを楽しみながら6種類のワインを味わい飲み比べて感想を言う。

昔、路地裏のくたびれたスナックで年増のママさんに勧められて飲んだ安酒とは格段の差で、とてもハイカラな気分になる。

フランスのブドウ畑がまぶたをよぎる。

ところが楽しいと何時も満足な顔をしていた男性2人が3ヶ月で脱会した。

残ったのは私ともう1人の男性。この男性私より2・3歳年下で、自衛隊のパイロットを務めて定年後大手の航空会社のパイロットに再就職し、それも定年になって帰郷したという。

センスのあるジャケットに身を包み、品ある言葉遣いでワインにも詳しい。そんな彼に女性達は、うっとりととろけるような表情になり、満面の笑みで競い合うように話しかける。

「けェー、つまらねぇ」

妻が新聞広告を見てフランスに旅行したいと言い出した。老人向けのゆったり旅行が気に入ったらしい。

値段は張るがエコノミークラスの上のプレミアムエコノミークラスがあって、観光もゆったりしてる。

「今は先の見えない世の中でしょう、それに父や母の健康状態や介護の心配はあるけれど、私たち今を外せば生涯2度とヨーロッパなんて行けない年頃よねぇ、少し贅沢だけど思い切って行ってみない」

と言う。そこでクレメントホテルでの旅行会社の説明会に夫婦で行った。

モンサンミッシェルやパリ市内の観光、また岸恵子さんを招いたベルサイユ宮殿晩餐会の企画もある5泊6日の旅だ。説明会の出席者は20人程度で説明会の最後に抽選会があって私のくじが当たり純毛の膝掛けが当たった。東京日本橋高島屋の紙袋に収められている。妻は大いに喜んだ。

「これは神様のおぼしめしよ。2人で楽しんできなさいと言うことよ」

とその場で申し込んだ。しかも説明によるとパリ観光はバスの車窓観光になっている。

「折角パリに行くのだからシャンゼリゼ通りやセーヌ川河岸などゆっくり散策してみたいじゃない、2泊は余分にパリで過ごそうよ」

と言うのでその気になった。フランス人は母国語に誇りを持っていて英語を話そうとはしないけれど、しかし英語は理解できて以前フランスへ行った時、添乗員が英語だけで乗り切っていたのを思いだし、そうだ英会話ができるようにしようと思った。石川遼選手が宣伝しているスピードラーニングは4ヶ月間英語を聞き流すだけで話せるようになる。しかも10日間は無料で試してみて、これなら大丈夫だと実感できたら申し込んだら良いとある。4月出発だからぎりぎりだけどその頃には英語ぺらぺらで通訳ガイドも要らないかもしれないと思って試供品送付を申し込んだ。

ところが試供品使用期間と言っても断る場合は2日前に運送会社に連絡しなければならないようになっているし、試している間ラーニング会社からしょっちゅう電話が来て、感想はどうだ、もう少しは聞き慣れたかと問い合わせがひっきりなしにあり、

「本当に話せるようになるの?」

と問うと

「特別な勉強は要りません、ただただ聞き流すだけで成果が上がるんです。」

と答える。それは楽ちんだとその甘言に乗り、実感のないまま53,760円振り込んだ。今一生懸命聞いているが、とても話せるようになるような気がしない。その上振り込みと同時に会社からの電話はプッツリと途絶えた。

しかし友は言う

「海外に転勤になった人も7ヶ月もたつと自然にしゃべれるようになり全く不自由を感じなくなるそうだよ、スピードラーニングと言うぐらいだから4ヶ月で大丈夫なんじゃないの」

これを信じて聞いてはいるが未だちんぷんかんぷんだ。しかももう聞きあきた。

「ああー、才能がほしい」

      

先日NHKのドキュメンタリーを見ていたら、連続朝ドラマ“カーネーション”のモデルになっている小篠綾子さんが取り上げられていた。

小篠さんはファッションの草分けとして活躍し、世界的なファッションデザイナーとして有名なコシノ3姉妹(ヒロコ、ジュンコ、ミチコ)を育てた。その小篠さんは「生涯青春」を貫き74歳の時に自らのファッションブランドを立ち上げ92歳の生涯を閉じるまで現役を務め、ファッションへの情熱をもち続けたそうだ。

「母は心の中に青春を持ち続けたのね、顔、形は衰えても心の中は、明日はもっと若い、明後日はもっともっと若くなるんだと言い聞かせて、自分はまだまだ青二才だと理想に向かって努力してきたんだと思うの。年齢を重ねれば、その年齢の厚みの中で、今まで考えられなかったこと、考えつかなかったことが浮かんでくるものなんです」

とコシノヒロコさんが語っていた。

そうなのかもしれない、しかし、それは才能があるからじゃないのかなぁ、私のような凡人は、幾ら励んでも向上のしようもない。

それなら残された人生楽しい方に舵を切って行こうじゃないか。

1日は早い、今日も既に夕暮れ、

“あぁ明日は何かワクワクしたりドキドキしたりする事ないのかなぁ”

と隠し酒を飲みながら思うのである。

    

(忠)


前ページに戻る

Copyright(C)2009 徳島県中小企業団体中央会 All Rights Reserved.