楽しこと


日曜の朝は近所の朝市に車で買い物に行く習慣になっていて、その車内の放送で女性アナが

「朝起きたら一番にすることは笑うことなんです。目が覚めても面白いことないでしょうから、少し口角をあげるだけでもいいのです。そうすると脳が錯覚を起こして今日は何か良いことがあるぞと一日楽しいことを探してくれるので、幸せな一日が過ごせるんだそうです。」

と言っていたので、それ以来朝起きるとニヤリと笑うことにしている。

そうすることで今日は何か楽しいことがあるかもしれないと期待で一杯になる。

(数日後)

会場は爆笑の渦に巻かれている。

出雲大社から譲り受けたという檜舞台の上で私が京舞妓とお座敷遊びに興じているのだ。

宴席は200人程度あり拍手喝采で舞台に注目している。

このイヴェントは、某結婚式場が檜舞台のこけら落としとして企画した京芸妓との集いで、徳島出身の京芸妓・小喜美さんが祇園甲部の3人の舞妓と3人の芸妓を引き連れて都踊りを披露するわ、各席を回ってお酌するなどの大サービスを行いその上豪華料理とドリンク飲み放題料金でたったの1万円という格安宴会だった。

十六歳だという舞妓がお酌にやってきた。

「まぁ、日本画から抜き出たような美人さんやなぁ」

「嬉しおす。そんな事言うてもろて。」

「僕はねぇ祇園の由良野介で遊んだことがあるんだ。」

(5年前偶然に1度だけ祇園で遊ぶ機会に恵まれたのでハッタリをきかした)

「そうどすか、私もそこでヒイキにしてもうとりますんや、ダンさんこれからもよろしゅうごヒイキにしておくれやす」

(ダンさんときた!気分いい)

宴は進み、舞妓や、芸妓のあでやかで華やかな京踊りの後、お座敷遊びに入ったのだ。この遊びは古くから京都のお茶屋さんで楽しまれている和籐内(人の名前)と呼ばれ、槍を持つポーズは和籐内、虎のポーズは虎を意味し、杖を持つポーズは和籐内の母親、これらがそれぞれグー・チョキ・パーの役目を持ち和籐内は虎に勝ち、虎は母親に勝ち、母親は和籐内に勝つというもの。

舞台の真ん中は屏風で仕切られ、二手に分かれそれぞれに舞妓がついて三味線に合わせ踊りながら勝負をするもので、出演者は相手の所作は見えないが、会場で見物している方にはその両方の所作が見えるという趣向になっている。

芸妓がマイクで会場からの出演者を募っていた。

「あなた行きなさいよ」

と妻が突っつくのだが、知らんぷりをしていた。

「あなたああいうの大好きじゃない、行きなさいよ」

と再び催促するが我慢していたら先ほどのおぼこい舞妓が席まで迎えに来てくれた。

「ダンさん出ておくれやす」

と言われて “おだてられると木にも登る小心者” の腰が浮いた。思い切って舞妓について舞台に上がった。

舞台で舞妓の踊りを見ながら同じ仕草で踊り最後に和籐内の槍を構えるポーズを決めて相手方を見た。相手は虎で勝っていた。どっと会場が沸いている拍手の中愛想を振りまきながら席に戻った。

「受けたなぁ、どうしてあんなに受けたんだ」

と妻に聞くと

「あなたの踊りねぇ、イタチがヘロヘロデレデレと踊っているのにそっくりなのよ、誰でもお腹を抱えるわよ」

と意地悪く笑いながら言った。

(再び数日後)

「俺の同級生がなぁ、大企業を定年になってフィリピンのルソン島とミンダナオ島の間の何とか言う小さな島に住んでいるんだ」

と遊びに来た親友が話を切り出した。

観光ビザなんだそうだが100万円を預金すれば1年間居られるのだそうだ。

そこでいったん帰国してまた1年更新して、それを続けて、もう5年も住み着いているんだ。

そりゃ良いところだそうで、若いおめかけさんを置いて優雅な生活をして、年金の15万円の範囲内で充分生活できるそうなんだ、しかもそのおめかけの親まで養ってそれだけなんだそうだ。

『島民の生活水準は月1万円ぐらいだからその年金で充分なんだ。100万円の預金も日本に持ち帰ることはできないけれど、預金だからそこで自由に取り崩して使えるんだ。』

と得意顔で言うんだよ。

『でも退屈だろう泳いだりサーフィンしたりしているのか?』

と訊ねると

『バカ、この年でサーフィンなんしたら心臓に悪い、ひたすら椰子の葉蔭でビーチチェアに身を預けてキンキンに冷えたビ−ルの喉ごしを楽しみ、海を眺めながらゆったりと穏やかな時間を過ごすんだ。これが良いんだ。波に沈む夕日なんて最高だぜ』

と言うんだ」

「そんな楽園があるのか?」

私は身を乗り出した。

「しかし言葉は通じないし、日本人が恋しくなるんじゃないの?」

と問うと

「そういう生活をしている日本人は沢山いるんだ。西洋人も沢山いるそうだよ。そういう生活を斡旋する日本人の業者がいて、最近は団塊の世代が増えているんだそうだ」

と言う。

「それでその同級生から一度遊びに来てみろとたびたび誘われているんだ」

「なぜ行かないの?」

一度行ってみろその気になるじゃないか。その同級生の日本の家庭は壊滅状態なんだぞ。

その奥さんとは口も聞かないし、2人の息子もオヤジを見ていると結婚なんてできないと、もうよい年をしているのに未だ独身なんだ。

そりゃそうだろう奥さんにしてみたら1年に一度2〜3日帰国してまたフィリピンに行き、退職金のことは知らないが年金を独り占めしている夫なんて憎悪の対象でしかない。それでも離婚していないのが不思議なくらいだ。

奥さんに相談されて説得しても耳を貸さない。返って女の子が欲しいと子作りに励むと言うんだから話にならない」

と溜息混じりに言った。

「お前んとこは奥さんとそんなに上手くいってんのか?」

「バカ言うんじゃない、妻とは必要最小限の会話しかしない、お互い笑みすら浮かべたことがない。しかしそうだからって今更欲望にかられて家庭を壊したくない」

「そうだよなぁ、そういう気力も失しなってしまったよなぁ」

と嘆息しながらも南の海辺で若い魅力的な女性と椰子の葉陰でワインを飲んでる自分を想像するだけでうっとりと幸せな気分になるのだった。

さぁ明日も目が覚めたら、にんまり笑って幸せを探そう。

    

(忠)


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