メンソー沖縄


 

始末者の義弟が「沖縄は初めてだから一緒に行こう。」「いっそなら消費税の上がる前に行こうよ。」と言ったので、3月中旬の格安ツアーを申し込んで妹夫婦と私達夫婦で2泊3日の沖縄の旅を楽しむことになった。

旅行会社が用意した徳島駅から高松空港へ向かうジャンボタクシーの中で、上品そうな初老の紳士と隣り合わせた。“旅は道連れ世は情け”とかいうので声をかけてみた。「沖縄は何度も行かれてますか?」「いや私は皆様方と違い乗り継いで、石垣島へ行く予定なんですよ。」「石垣島?石垣島と言ったら沖縄とずいぶん離れているんでしょう。台湾の方が近いと聞いています。何か観光資源とかあるんですか?」「いやぁ、何にもないところだそうですよ。ただし珊瑚礁の美しい景色があるんだそうです。」「へぇー、それで石垣島まで行くんですか?信じられないなぁ僕なら美しい景色より1人のべっぴんさんが余程いいですけどね。なぁそうだろう。」と義弟に声をかけると「まぁそうだな。」とニヤリと笑って言った。「私もそうなんですが、写真が趣味でして、撮影に行くつもりなんです。」「なるほど納得しました。」 旅は良い、旅先で思いもよらなかった人との楽しい出合い、想像を超えた楽しい出来事、予想もしなかった幸運と出合う事もある。

高松空港を発った機内の車窓からの眺めは、絶好の天候日よりだったので見晴らしがすばらしく阿蘇山脈や桜島、緑に染まった珊瑚礁を眼下に見ながら2時間程度の飛行時間を短く感じながら那覇空港に降り立った。そこからバスに乗り換え観光に入った。バスはまず嘉手納基地へと向かった。嘉手納基地は東アジア最大の米空軍の拠点で、4,000メートルの滑走路が2本あり、面積は羽田空港の2倍になると言う。F15戦闘機やオスプレイなど200機近くの戦闘機が常駐していて、年間239億円もの土地賃借料が民間に支払われているらしい。基地に着くなり地響きと轟音が鳴り響き鉄兜をかぶった猟犬が獲物を狙うような迫力で飛び立っていった。

次に向かったのは琉球王国の伝統と文化を体験させる観光施設”琉球村”だった。バスの車窓からは民家の屋根に雨受けとして設けられた貯水槽やコンクリートや石造りで小屋掛けした大きなお墓が見えた。沖縄は台風はあっても意外と降水量が少ないので、ほんの数年前までは雨水でしのいでいた家庭が多かったと聞く。そういえば沖縄の友人が沖縄の人は風呂はシャワーだけで済ますんだと言っていたのを思い出した。琉球村は広い敷地に南国の燃えるような花が植えられその中に古民家がずいぶん建っていた。その古民家にはそれぞれ旧何邸と書かれた表札があり、伝統品や文化品が展示されていて、グルメも楽しめた。ここで妹夫婦と共に銘菓サータアンダギー(揚げドーナツのようなもの)とお茶を古民家で味わい、演舞会場で琉球王国の絵巻行列や滑稽な獅子舞、勇壮なエイサーを観た後、絶景の万座毛を散策した。海はあくまで青くキラキラとまぶしく輝いていた。沖縄のホテルは、水不足から大浴場を備えたホテルは数少ないのだが、幸いと言おうか、どうでもいいと言おうか2泊とも格安ツアーにしては大浴場を備えた豪華ホテルだった。私は大浴場が大好きだった、しかし病や手術を経て私の身体と顔はみるみる貧弱になり、現在の私の身体は「ムンクの叫び」という絵画から飛び出てきたような様相を呈しており、大浴場での私を見る目に、スパゲティに紛れ込んだ輪ゴムのような違和感を感じるのだ。で結局部屋の内風呂に入る事になる。夕食はホテルの大食堂で妹夫婦と食卓を囲み、待ちに待った酒席が始まる。大ホールの食堂では若いきれいな沢山の女性が縦横無尽に配膳している。そうだ沖縄出身の女優や歌手は多い。黒木メイサ、仲間由紀恵、比嘉愛未みんな美人だ。歌手の安室奈美恵だって美しい。注文を取りに来た女性を見て義弟が「うーんなかなかの美人だ」と感に堪えない様子で言った。胸に研修生とある。“袖擦り合うも他生の縁”とか言うし、ちょっと声をかけてみるか!「すみません追加注文したいのですけど」と目当ての女性に声をかける「酒2本ね、それと君きれいだねぇ、天使が舞い降りてきたみたいでドキドキきするよ。君ここの研修生なの、歌とか、演技の勉強してないの?そりゃ残念だなぁ。君ならデビューすればブレイクしそうだけどなぁ」と言うと。配膳しながらチラチラとこちらをうかがう様子が見えたが、それっきりだった。

   旅行2日目ホテルを8時に出発し、午後6時那覇のホテルに着くまで、バスでグラスボートに乗ったりフルーツランドを見学したり土産品売り場へ寄ったりした。本日のメインは美ら海水族館と世界遺産首里城だった。美ら海水族館は、広大な沖縄海洋博公園にあり、大水槽「黒潮の海」では巨大なジンベザメが3匹も泳いでおり一緒に泳いでいるマンタやイルカが小さく見えた。こりゃ日本一ではないかと思った。

 バスは40人乗りの大型バスだが我々のツアーメンバーは20人だったので一人一脚の椅子を独占していた。妻たちがショッピングセンターで土産物を買っている間私はバスの中で休んでいたのだが、義弟が焼酎の泡盛を何本か隠し持ってバスに早々と戻ってきた。そして「おまえも飲むか?」といって泡盛をビンの蓋に入れて差し出した。それを口に一口含んだとたん熟成された芳醇な香りが口中に広がり強い刺激がのどを通りすぎた。「紙コップにくれ」と言って水で割って飲んだ。旅先でそれも昼から飲む酒はことさらおいしい。義弟も「うまい」といってコップに水割りして飲み出した。やがて買い物を終えた妻たちがどかどかと帰ってきた。後ろに陣取る妻たちに隠れて2人はちびちびとやっているとやがて妻たちにバレてしまった。妹が義弟に「あなた何飲んでるの?それ泡盛なんでしょ。あなたの腎臓はがん手術で一つしかないのよ。止めなさいよそんなきついお酒を昼から!」とヒ ステリックに叫んだ。私の女房も私をなじった。

次に訪れた首里城は、琉球王朝のお城で日本名城の一つに挙げられる。城は外郭と内郭からなり、御庭(うな)と呼ばれる広場に面して正殿・北殿・南殿、奉神門などの建物があり、これを観ているとNHKドラマ「テンペスト」を思い出した。宦官(去勢を施した官吏)に扮した仲間由紀恵が好演していた。内郭たどり着くまで長い階段と守礼門など沢山の門があり数々門をくぐり抜けていくのは酔いの回った私にとっては相当きつかった。

 那覇のホテルも豪華に電飾で彩られ大きくて、街中に燦然とそびえる建物だった。夕食後妻が本当に良いお風呂だからと勧めるので大浴場へ行った。周りの目は気にはなったが広い浴槽といろいろな成分風呂を楽しんで部屋へ帰ると部屋の前のドアの前で大変な形相で立っていて廊下にもかかわらず怒鳴り散らした。「あなた眼鏡を間違えて私のを掛けて行ったでしょう。まさか私の眼鏡お湯につけたりしていないでしょうね。私のは、あなたの買った安物と違って高いんだからね。忘れてくるんじゃないかと心配したわよ。」「そうか、どおりでよく見えないと思ったんだ。」と言いながら部屋に押し込んだ。妻は切れると場所をわきまえず吠えるのだ。本当に恥ずかしかった。夕食で飲み過ぎていたし、旅の疲れで少しベッドで眠っていたので、つい枕元の眼鏡を掛けて言ってしまったのだ。こういうミスは多くなっており、もし私が認知症になったりしたらさぞかし虐待されるんだろうなと思うと暗澹とした。

 最終日はひめゆりの塔だ、この塔は糸満市に沖縄戦末期に沖縄陸軍第三外科が置かれた地下壕の上に「ひめゆり学徒隊」の慰霊碑として建っているものだ。妻が近くの花屋で花を買い慰霊碑に供え慰霊と感謝の祈りを捧げた。沖縄戦末期沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等学校の女子生徒と職員240名が、看護活動を行った地下壕の病院に日本軍が解散命令を出し、脱出しようとした寸前に米軍が襲そってきて投降を促したがこれに応じなかったためにガス弾が打ち込まれ、兵士や学徒の多くが死亡し、生存者はわずかだったらしい。さらに生き残った学徒隊は荒崎海岸に追い込まれ、「最後は生きて虜囚の辱めを受けずと」集団自決した事実などが、ひめゆり平和記念館に資料や写真などで展示・説明されていた。

 その後の海ぶどう専門店に立ち寄りこれを購入した時、店員が発送している海ぶどうの箱の上にホットカイロを貼り付けているのを見て驚いた。海ぶどうは亜熱帯の海草なので温めなければならないのだそうだ。そう言えば以前海ぶどうを戴いたとき、冷蔵庫に入れて出したところ、しぼんでいた事を思い出した。その他数々の観光地を回り帰路についた。しかし今回の旅も楽しい思い出だが健康を損ない、老化した私にとって最後の旅だったかもしれないなと、郷愁を覚えるのだった。

    

(忠)

 


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