雑 感

目 覚 め た 忘 却


 同僚から舟木一夫オンステージへ行かないかと誘われた。舟木一夫は最近NHK朝番組のオードリーで公演していたが、30年来忘れていた。誘われて気恥ずかしい思いがしたが承諾した。家内にこのことを告げると「まあ!低俗〜」と言った。同僚が徳島県勤労者福祉ネットワークから1500円引きの入場券を手に入れてきた。当日、カラオケ好きで演歌が得意の同僚もさすがに照れるのか居酒屋寄ろうと言って、生ビール中ジョッキを2杯飲んで会場の文化センターに向かった。その時同僚は「昔から1度言ってみたいと思っていたんだよ、大阪ではホテルのディナーショーしょっちゅうあるけど一人で行けないもんなぁ」と言った。会場前は人だかりである。かき分けてはいると会場内も満員で立錐の余地もない、どの顔も同年代のおばちゃん連中である。男は数えるほどしかいない。ギャルを捜すがどこにも見えない。知り合いに会わないかと心配したが、元々男が少ないのだから会うわけがない。
 ステージが開き、華やかなスポットライトを浴び、”学園広場”を歌いながら舟木一夫が登場した。大きな拍手がわき起こり会場に鳴り響いた。舟木一夫は40年近くのキャリアがある。その歌唱力は次第に会場を魅了していった。気がつけば私も手拍子を打ち、リズムに乗って体が揺れ、いつしか感動のるつぼの中にいた。
 同僚が、オペラグラスを2つ買った。その中の舟木一夫は”若くて美しい”と思った。演出なのか、証明なのか、化粧の為なのか、かつて詰め襟の学生服で出演していたときと変わっていない、むしろあか抜けて魅力は倍増している。私とは同年齢であるが、私の方はと言えば、ハゲ・デブ・眼鏡の3点セットで顔には老人斑点が浮かび上がり、初老の影が忍び寄っている。
 私も、高校時代は紅顔の美少年であった。舟木一夫によく似ていると言われた。あの時代はカラオケもなく、歌が上手かった私は御三家の歌まねをして喝さいを浴びていた。それがカラオケが流行し、国民全体の歌唱力がアップして、私など隅へ追いやられるどころか下手な部類に仕訳されるようになった。
 歌はバラードになり、ウットリしていると青春時代が蘇ってきた。青春時代私は舟木一夫主演の映画の「絶唱」を彼女と見に行って、二人で泣いて目が腫れ上がったことがある。また「一心太助」を見に行ったこともある。その時、中・高の女学生が舟木一夫が演技する度に銀幕に向かい「きゃー・きゃー」と騒いでおり、映画でこんなに興奮するのかと感心した事がある。そこまで思いを巡らして”ハタ”と気がついた。舞台のかぶりつきに陣取った200人から300人の女性はひっきりなしに入れ替わり立ち替わり花束や紙袋の贈答品を渡す。舟木一夫は左手にマイク、右手に贈答品を受け取り握手して、それを持って歌う。”そうか”握手をしてこの世の幸せを我が手に入れたとうれしそうな仕草の人達は、かつての中・高の女学生なのだと納得する。以来ファンを続けて後援会にでも入っているのだろう。
 たちまち舞台は花束と贈答品で埋め尽くされた、しかし舟木本人の目はその女性に注がれるが、心のこもった眼差しはいっていないように見える。4トントラックにも積めないぐらいのおびただしい贈答品の行方はどこなのだろう。変な心配がおこる。同僚はビールのせいなのか興奮の中、観客をかき分けて2度もトイレに行く。1時間45分の公演は、瞬く間に過ぎた。帰り腹が空いて居酒屋へ寄る。ビールを空けながら同僚が「入場料一人平均5000円として2000人収容だとする、昼夜2回公演だから1日で2000万円の売上か!」と言って小さく笑った。私が「それって、我々の退職金より多いんじゃないの」と言ったら、重い沈黙が来て2人は落ち込んだ。神はどのように人の人生に差を付けるのだろうと思う。「でもまあ5000円分の感動は得たんじゃないか」と言って再び盛り上がる。酔いが進み「行くか」と目配せすると、あうんの呼吸で「おー」と言う。スナックへ行った、同僚が舟木一夫になりきって歌った。下手である、耳が汚された、私も歌ったが、聞かせるには絶えず途中で止めた、落胆した。酔いは醒め感動はどこかへ飛んだ。無言で2人は別れ、家路についた。

(忠)