雑 感

老 化 に つ い て


 朝の通勤前のことである、夜来からの雨は朝になって小降りになっていた。一日中雨は降るが夕方には晴れるとの予報があった。自転車かバスか迷ったが玄関を出ると雨の止み間になっていた。時間に余裕はなかった。 ”ついている”と思った。体力には自信があった。毎週土曜はテニスをし、火曜は太極拳をたしなんでいる。間でゴルフをし、パンチングボールでボクシングのトレーニングもやっている。雨が止んだのである、自転車に乗って猛然と漕いだ。決して暴挙ではなかったと思う。
 大和町から新町の水際公園までは順調であった。そこでポツポツときた。ギアを一段押し上げた。触れあい橋は、自転車道と歩道が平行しているが自転車道の方は女学生が2列縦隊でチンタラ走って来たので、急勾配の歩道を選んだ、渡り終えて、鋭角の角を急旋回したとたん空が消えた。体は宙に浮き、自転車は横滑りして、板床にもんどり打って叩きつけられ、失神した。気がつけばボードウォークに無様に倒れていた。恥ずかしさがこみ上げてきた。すぐ横を若いOLが係わりを避けるようにすり抜けていったが、どうせロクでもない娘だろう。”全身打撲で死亡”といった新聞記事が頭の中を巡った。起きようと思うが、いくら空気を吸っても息ができない。それでも息も絶え絶えノロノロと身を起こし、自転車を押しながらよろぼい歩き事務所についた。肋骨が折れていた。
 人間万事塞翁が馬といった諺があり、吉凶は交互に来ると思っていたが、その後高熱が出たり、口内ヘルペスにかかり全く食事ができなかったり、寝るときに、仰向き本を開けたとたん、しおりが降ってきてその角が目に入り目玉を切って、3日間眼がつつくような痛さに襲われた。
 なんと運が悪いのかと嘆いたが、よくよく考えてみると、これは運じゃなく老化だと気づいた。そういえば頭もおかしくなってきた気がする。最近こんなことがあった。
 経済センターの5階大会議場の前には、大きな鏡がしつらえられている。そこで知り合いに丁寧な挨拶を頂いた。挨拶を返したが、鏡に向かってであった、それと気づきあわてて振り返って再度挨拶したが、その知人に「そろそろ定年ですか?」と問われて、落ち込んだ。まだ定年までは3年以上ある。しかし最近は物忘れもひどくなってきた。”ボケ、徘徊、失禁”といった言葉が浮かんだ。
 そんなとき神山で興味深い老人と出合った。貫禄があって、体は小さいがひと身幅大きく見える。話に淀みが無く、好々爺である。その人が言う「年寄りはね、自慢話や過去のことを何度も繰り返して言う、これは避けなくてはね。最近記憶力が極端に落ちて、物を探すことが多くなった、でもね、年を重ねるのは悪いことばかりじゃない、高齢化した神山ではね、70歳を過ぎてやっと一人前に扱われるようになったんだ。60歳代なんてまだ駆け出しのようなものでね、確かにね、判断力は若い頃より早くなったような気がするんだね、若い頃は知識があって選択肢が多く迷うことが多かったが、知識が薄れていって迷いが無くなったこともあるだろうけど、経験が土台になって的確な判断が下せることもあるんだね。振り返ってみるとね、よく頑張ったなと思う40代より、やはり50代が進歩しているんだね。」これを聞いて、かってベストセラーになった赤瀬川原平氏著の”老人力”を思い出した。この本によると物忘れ、繰り言、ため息等従来ボケ、もうろくとして忌避されてきた現象に未知の力が潜んでいるという。わび、さびが備わり、吸収力も良くなるので、これをプラスの力と考えよと説く。”老人力”確かに語感は良い。 忘却力、徘徊力、頑固力と力を付けると何となく勇気が出る。
 近所に耳鼻咽喉科の医院がある。院長は、かくしゃくとして元気がいい。日曜祭日はおろか、盆も年末も休まない、正月3が日も1日休むだけであり受付には”昼休みなし”と大書して張り出してある。便利だから千客万来である。饒舌で話勢止まるところがない。話題は医療から経済、社会と博識である。それが80才を過ぎてやにわにおかしくなった。金属棒を耳の中に入れて薬を塗布するのだが、手元がおぼつかない。段々と耳の治療に恐怖を抱くようになってきた。ある時耳をつかれ「痛い!」と叫んだら、金属棒は床に落ち「手に力を入れてないので、痛いわけがない」と叱られた。カルテを書くときに必ず看護婦に「今日何日」と聞く。目の前に日めくりのカレンダーがあるのに何度も聞く、看護婦も「何日です」とぞんざいに答える、おそらくカルテを書く度に聞いているのだろう。挙げ句の果てに書き間違えたという。
 我々の年代の多くは親の介護を行っていて、親のアルツハイマー病に悩んでいる者も多い。我々もやがてその仲間入りをすることになる。高齢化社会である。周りが狂牛病だらけになったら、世の中どうなるのだろうと思う。現在の年寄りはお金をもっていても使わないと言う。先行き、もし、相方に先立たれ自分が弱ったら、金でもなけりゃあ、子供や孫は、介護どころか振り向きもしないだろう。せめて資産や金をちらつかせ面倒をみてもらおうとの思惑が老人の消費を停滞させ、不況に輪ををかけているのならあまりにも惨めでないか。好きな音楽でも、スポーツでも、世界旅行でも、恋愛だっていいじゃないか、思い存分遊んで、ゆったりと豊かな生活を送りたいと思う。我々は頑張って社会を支えてきたのである。明るい太陽の光を浴びて、生きる歓びにあふれた老後を送りたいと思う。枯れて、朽ちるまで楽しく年を重ねる工夫をしていこうと怪我のついでに考えるこの頃である。

(忠)