雑 感

酒 癖 に つ い て


 私は酒が好きである。毎日晩酌を唯一の楽しみとし、そのために働いていると言っても言い過ぎではないと思うので、家内が「健康のために休肝日を」との提案には耳を貸さない。”楽しい時には味合う酒を、悩めるときは癒す酒を”実践しているからである。家では1合半で切り上げるので不覚をとることはないが、外に出たとき、私はどうも酒癖が悪いらしい。”らしい”と言うのは飲んだ後の所作をよく覚えてないからである。しかし「酒癖が悪い」なんて言うのは口さのない同僚どもや家内であって紳士的なおつき合いのある方々は私のことを「陽気で楽しい酒ですねぇ」と言ってくれる。同僚どもは、飲んだ翌日決まって「昨晩は、あのスナックで杯盤狼藉の限りを尽くしていましたねえ」とか「上司の悪口を言って盛り上がっていたよ」とか憎々しげに言うもので、大きな誇張があるのだろう。楽しい思いや感触はカケラも残ってはいない。こういった仕打ちは、当の本人にとっては、傷口を下ろし金でこするように応えるのだ。それでなくても翌日は、廃人同様で、記憶喪失にさいなまれアルコール性鬱病に陥っているのである。とは言っても全然記憶がないわけではない。杯を重ねて、丁度4合を過ぎた頃から記憶が途絶えるのである。だから酒癖もそのあたりから顕著になるのではないかと思う。4合というのは根拠がある。
 私がまだ学生時代、遙か彼方のことであるが、毎晩歌舞伎町の映画館に入っては、東映の極道シリーズを観て、飲み屋に寄っては「キス引け〜キス引け・キスぐれてぇ〜♪♪♪」などを口ずさみ高倉健や菅原文太になりきって、その界隈を肩をいからせて酔たくれていた。そんな時、夏休みとあって帰郷の際、父が一升瓶を2本買ってきて「お前がどれぐらい飲めるか、わしが点検してやる」と言って飲み比べが始まった。燗酒を大ぶりのぐい飲みで2人均等に調子を合わせチビリ、チビリとやる。そのうち私の方が、酔いの回りが早く敗勢に傾いていた。4合過ぎた頃から怪しくなってきた。座っているのにちゃんと姿勢が保てない、5合目はそれでも何とかクリアした。父が2本目の一升瓶の栓を開け、それを口に着けたとたん、持った盃バッタと落とし、俯して胃の中のものを全部畳の上にまき散らした。その異臭の強さにめまいを起こして昏倒した。翌日母親から、父親と雁首を並べて大目玉を食う羽目に落ちるのだが、神妙に聞いていた父が、母が席を外した瞬間、反省の風もなく私の顔を覗き込み、ニタリと笑って「お前の力量は4合だな」と言った。
 4合が目安であることは30年来忘れないが、いつも飲みだすとこのことは頭から消える。3年ほど前のことである、友人からの誘いで飲みに行った。1軒目は割烹、二軒目は、寿司屋、そこまでは鮮やかに覚えている。この友人、顔は複雑だが性格は至って単純素直。私が「この店の勘定は俺が」と申し出ても「俺は電気製品スーパーの経営者だ、安月給のお前に奢ってもらったとあっちゃ沽券に関わる」と言う。だから太っ腹かと思ったらそうでもない。行く店行く店値切る。寿司屋では、こちらは腹が減っているのに、「今割烹で、高級料理を食してきたから1人前でいいよ。」なんて言って2人でつまむ。しかも酒は注文するが日本酒の湯割りである、3割の酒に7割のお湯を混ぜてがぶがぶ飲む。それでいて、寿司屋の主人に「この旦那始末だからなぁ」なんて言われている。人に奢ってケチと言われる、損な性格だと思う。
 翌朝目を覚ますと携帯電話が2台枕元にある。友人に電話をかけ「お前の電話こちらで預かっているからな」と言ったら「お前何言っている、俺の電話は、此処にある」と言う。「それじゃあ、この電話は誰のものだ」と聞くと「そんなもん知るかと」素っ気ない。そこでビクビクしながら電話を待つ。3回、演歌の着メロなった。子供と男性2人、私が出ると、一様に驚いた風で電話を切ってしまう。こちらは電話の持ち主を聞きたいのに、”もしもし”で切れる。やっと持ち主から電話があって、焼肉屋のママと判明した。店へ行って電話を渡すと「昨日はご馳走になりました」と言う。照れくさいので早々に退散するが意味がよく分からなかった。しばらくして友人から連絡あり「おい、請求書が届いたぞ、あの後、焼き肉屋へ行ってママを連れだし、スナックでどんちゃん騒ぎをしたようだぞ。高級ワインを2本も開けてる。損だよなぁ、覚えてないなんて」とぼやいた。
 酒を飲んでの失敗は山ほどある。末広道路が有料だった時分の深夜、料金を払おうと思ったら、右にあるはずの料金所が左にある。うつらうつらしていた料金所の人が飛び上がって「逆送だ」と叫んで出てきたので、そのまま逃走した。酒癖の悪さは、いつかは身を持ち崩すものであるが、少なくとも今のところは、その兆候もなく、まさしく強運というより他はない。 しかし、最近は寄る年並で、酒癖の悪さでなじられることも無くなった。落ち着いてきたなと思っていた矢先のことである。同僚とおつきあいの深い職場の人と宴を催した。もう1件目で酔いが回っていたが、2次会にスナックへ行った。翌日一緒に飲んだ人達の職場へ行くと。どうも昨日の話をしていると見えて、私の顔を見るなり全員の肩がワナワナとふるえている。”ぷっ”と1人が吹き出すと笑いは渦とかし、どの顔もボロボロと涙を流している。”はぁはぁん”昨日同僚がスナックのママに誕生日だといって花をプレゼントし、お返しに派手なパンツを貰った、それを私が両方を召し取った。そのことを笑っているのだなと納得していた。数日たってそのスナックへ行ったら封筒を手渡された。何も言わないのでポケットに押し込んで帰宅した。翌朝出勤前にポケットを探ると写真が入っている。何気なく写真を見て青ざめた。なんとそこにはズボンを脱いでステテコになり、前の出口からワイシャツの端をねじったやつがニュッと出ているではないか、しかも女性の肩を抱きマイクを握り、その格好で歌っているではないか。あわてて家内の顔を盗み見ると、気づいた風はない、とっさに新聞に挟み込んで出勤した。帰宅すると信じられないことに食卓にその写真がこれ見よがしに並べられている。家内は般若の形相である。
 これは謀略だと思う。断って置くが私は下品を卑しみ上品をこよなく尊ぶものである。時に私を見てその高品格に”宮さん”と呼ばれることがある。その事に内心ひとりごちている。酔ったとはいえ自分からそんな事をする訳がない。おそらく店と同僚が共謀して酔った私のズボンを脱がしたのだろう。もう同僚とは飲みに行かないし、このスナックも二度と行かない。
 何事も程々が一番である。4合を目安とし、外で飲むときは”飲まない、酔わない、崩れない”と固く誓うものである。

(忠)