雑 感

母 川 ほ た る 祭


 家内が、徳島県福祉ネットワークの”母川ホタル狩り”旅行の案内を見て「行こうよ」と言った。「ホタルなんてロマンチックじゃない。それに二人で1万5千円よ、これ安いわよ、しかも2食付きよ。」とその顔は、拒否させないといった気迫がみなぎっていた。海部郡高薗の母川は、ゲンジボタルの生息地としてつとに有名である。徳島駅前育ちの家内は、ホタルとは無縁だったのかもしれないなと思って承諾した。
 6月15日午前10時観光バスは、駅前ポッポ街を出発した。薬王寺で厄を落とし、近くのレストランで食事をして宍喰のマリンジャムに向かう。竹ケ島の海洋博物館に入るなりトイレに突進した。昼のビールで膀胱は破裂寸前だった。やっと一息ついて自動給水の蛇口に手を差し出したら、水道が爆発した。一気に水があふれ出して、下半身がビショビショになり、恍惚老人がお漏らしたかのようになった。実におぞましい姿だ。受付嬢に「どうしてくれる」と抗議したら、平身低頭するかと思えば、「昨日、工事で水道を止めていましたので、ごめんなさい」と涼しい顔で言う。
 高知県との境、竹ケ島は、コバルトブルーの空とマリンブルーの海が見事に配色され一瞬グアム島が重なった。テレビではFIFAW杯サッカーでジャパンブルーが波打っている。海中観光船ブルーマリン号に乗船して、海中公園を散歩する。船底の展望室からは珊瑚礁や色鮮やかな熱帯魚が織りなす光景に”泳げ鯛焼君”のメロディが浮かんだ。先日同僚とカラオケスナックで歌唱力を競い86点をつけた持ち歌である。「阪神タイガースのような模様をしているのがオヤビッチャ、青い魚がソラスズメダイ」などとイングランドのベッカムのような青年が説明して回る。”ホテルリビエラししくい”に向かうバスの中で家内が「以前に訪れたときには、マリンジャムには帽子をつけたコンパニオンが沢山いたし、ブルーマリン号の乗組員は、船長服を着てたのよ。今は漁師さんの格好ね。此処もリストラなのかもね」といたずらっぽく笑って言った。
 ホテルに着くなり一目散に湯殿を目指した。40メートルのロング風呂で温泉の感触を味わい、檜風呂で香りを楽しんだ。サウナルームに入ると誰もおらず一人汗をかいていると突然扉が開いて、たいそうな貫禄で、顎髭を蓄え、両肩から背中にかけて刺青を施した男が入ってきた。少し慌てた、慌てて飛び出す訳にはいかない。平然を装った。その男は私をやり過ごし最上段にどっかと腰をおろした。しばらくいて、好奇心が沸いてきた。何か話しかけたいと思ったが、会話の言葉が探しだせない。そうだ目線を合わせればいいのだ、思い切って振り向いて「暑うござんすね」と言ったら「うるせぇ、サウナが暑いのは当たりめぇだ。」と一喝されそうで止めた。5分もいたら息が詰まってきた。退散際にさりげなく見たら、その人物、サウナの中で汗にまみれて、実話系週刊誌を読みいっていた。鯛だと思った彫り物は、鮮やかな緋鯉であり、へその上には菱形の代紋も描かれていた。身体を洗い、シャンプーして、打たれ湯に当たっていても出てこない。20分以上も頑張っていることになる。さすが彫り物に耐えた男だ、肝が据わってると思った。もう一度檜風呂に行って返ってみると、その男は、頭に手ぬぐいを乗せ、水風呂にどっぷり浸かり、「オー」と声を上げたりしている。やにわに”ザー”と水しぶきをあげて湯船に仁王立ちした時、小さな子供が男を指さして、何か言おうとしたら、若い父親が泡を食って手で子供の口を塞いだ。
 宴会で、鯨の肉や地の魚、山菜を堪能した後、いよいよ母川のほたる祭に出発した。会場に近づくと、幟や提灯で賑やかである。駐車場からはみ出した自動車が道路沿いにびっしり駐められている。河川敷に造られた会場には、夜店が連なり、大きな水車が廻っている。浴衣姿でそぞろ歩く少女が川辺の葦とマッチして涼やかな風を運んでくる。あたりが暗くなるに従って会場はごった返えしてきた。熊笹で笹舟を作り流したり、野点のために設置された臨時の茶室で御薄を頂いたりしながら高瀬舟の乗船時間を待った。スピーカーからの放送で、船着き場に行ったが、黒山のような人だかりである。押し合いへし合いで鈴なりの人は今にも雪崩を打って川に落ちそうである。3艘の船が入れ替わり立ち替わり巡回して返って来るのだが、待つ人は、我1番に乗ろうと身構えている。此処で小さな騒動が起った。その発端はあろう事か我が家内である。
 「何で並ばせないのよ、明石の花火大会のような事故になったらどうするのよ。」見ると黄色い法被を着た整理員が3名ほどいる。「危ないから後ろへ下がってください。」の一点張りである。「何のために整理番号を打ってあるのよ、順番どうり並ばせたらいいじゃない」と段々声高になってくる。「あなた言いなさいよ」といきり立った。「オイオイ、あの整理員の人達はボランティアだぞ。いわば素人だ。」とたじろいでいると「私本部へ抗議に行って来る」といって駆けだした。
 家内のヒステリーが呼び水となったと見えて、そのうち周りから、次々に整理員に抗議する人達が出てきた。整理員達はのんびりと「トイレの行く人や団体で来て列を離れる人がいて、順番通りとはいかないんです。」とか言っている。しかしそれでは収まらない、フリーガン的雰囲気になってきた。我が意を得たのは家内である。幼稚園で並べるのは慣れている。整理員を尻目に、「150番の人から並びましょう」と周囲の人に声を掛けだした。「担当者がいるじゃないか」とたしなめると「短刀も長刀もないわよ、事故が起きてからでは遅いのよ」と誘導しだした。言い分は合ってると思う。しかし大きなお世話だとも思う。この地は仕事で何度も訪れており、かいがいしくお世話をする実行委員の中には、知り合いもいる。穴があったら入りたい気分になった。家内は、見物客を手際よく並ばせた後、先頭に立って船に乗り込んだ。人を並ばせるのもノウハウがあるのだなと思った。
 船は、ゆっくりと対岸の葦の生える川縁に向かって滑り出した。船着き場の喧噪から離れると急に静かになった。葦の間のあちこちから青白く、しかも黄色の光が点滅し、やがて飛び交い、船の中まで飛んできた。夜空の星とホタルの光が彩りを競っている。ホタルの乱舞を見ていると少年の頃が蘇ってきた。
 私の住む大和町は、土地が低く台風の時など床下浸水する事はしゅっちゅうで、畳を上げることも何度もあった。家の周りは田圃ばかりで、どぶ川が流れ、メダカが群をなし、ドジョウがいた。笹舟を流したり川に竹棒をさして飛び越えたりするのが日常の遊びだった。そんなことからホタルは夏の生活の一部だった。蚊帳の裾をパタパタとして蚊の進入を防ぎ、素早く滑り込むのだが、何時も蚊が入っており、一緒にホタルが入っていたりすることもあった。現在は宅地開発が進み、何時の頃からかホタルは忽然と姿を消した。あれから何年になるのだろうと思う。
 幻想的な夜は終わった。今玄関には、あの時夜店で買った百合の花が、ピンクと黄色の花びらを、伸び上がるように精一杯大きく咲かせている。

(忠)