雑 感

ちょっと自慢していいですか!


 新年が明けて4日のこと。アリーナガーデンテニス(室内テニス場)主催の坂井敏郎プロテニスプレイヤー(全日本テニス選手権の覇者)による新春初打ちレッスンに出かけた。
 ここ10年来、毎週土曜日テニスレッスンに通ってはいるが、何しろ40才半ばを超えてからのレッスンで腕前の方はたかがしれている。昨年も同様のプロレッスンを受けたが、この時、その別のプロは、私のラケットの振りを見て明らかになめたサーブを打ってきた。緩くて山なりボールである。こちらは速くて、重くて、切れるサーブを期待しているのである。それをレシーブするところに魅力を感じて、高い料金を払いレッスンに参加したのである。いくら何でもあんまりだと思った。ところが、その緩い球さえ打ち損じてしまったのである。今回も稽古終盤にプロとの練習試合となった。プロは素人の振りを見ただけでその技術を測ることができるのだろうが、私にもプライドはある。下手といっても10年選手である。おそらく、なめたサーブが来るのだろうと予測はしていた。そのとおり全く許せない緩いボールがきた。ラケットを短めに持ち、コーナーを狙って思い切り叩いた。球は左隅ライン上ではねた。プロは1歩も動けず、呆然と立ちつくした。「ラブ・フィフティーン」審判の声が室内テニス場に響いた。
 約2時間の練習の後、帰り支度をしていると、ぽんと肩を叩く者がいる。振り返ると坂井プロである。「ガッツある、いいプレーでしたよ」と言った。
 そりゃもう嬉しかった。跳び上がりたいほど嬉しくて、その場で坂井プロのファンになった。
 家内が言う「そうよね、ほめるってことはやる気にさせるわね。この間化粧品屋に行ったら、貴方のお肌はお若い、シミない、シワない、きれいなお肌とベタ褒めなのよ。そう言われると、更に良くしたいと思うし、これから少し通ってみようと思うの」私の場合と少し論点がズレてはいるなと思ったが聞き置いた。
 そういえば年末散髪屋に行った時、女性の理容師が「言うか言うまいかと迷ったんですけど、思い切って言います。頭のテッペンにふわぁと髪が出てきましたよ。何か頭のエステでもやっているんですか?」と問う。「嘘でしょう、そんな実感はないです。」と言うと「いえ、先ほどマスターもそう言ってました」ときっぱりと言った。
 そう言われると、少し髪が増えた気がする。今年は佳い年かもしれないなと思う。
 昨年のことだが、中央官庁へ四国の公共工事促進陳情に出張した折、徳島空港の入り口玄関前で、今TVのロケを行っているので出口から入れと女性スタッフが言う。空港内は明るい照明に包まれ、エキストラ、カメラ、メイクその他の50名程のスタッフが右往左往して大がかりな撮影が行われている。見物客も詰めかけている。どうも中山美穂ともう一人の女優が主役らしい。入り口から乗降階段までを恋人を追いかけるシーンを撮っている。マイク係と照明係の若い3人が、機材を2人の女優の顔に当てながら、それ以上のスピードで横向きざまに駆けているのである。それが一度や二度でなく何回走ってもOKとならない。さしもの若者も息が上がってきた。一人は照明用の大きなバッテリーを抱えているのである。そのバッテリー男がよろけて転んだ。主演女優は、それを見ても無表情で元の配置についた。“鼻のとがっただけの女優だな”と思った。その時もし女優がいたわりの言葉を掛けたら、その若者も感激するのではないか。人は言葉一つで好きになったり、ファンになったりするのだ。
 周囲には、非難と批判が横溢している。際限なく手前勝手を話して、そこに他者の意をくむ姿勢はない。その言葉で相手がどんな傷を負うかといった配慮がとても薄い。
 そう言う私だって、目くそ鼻くそのたぐいであり、人を褒めることは少ない。回転よく言葉を操れるもんでもない。先の女優も心の中ではいたわっていたのかもしれない。誰しも生きていれば、知らず傷つけることや他人をなじったりけなしたりすることもあるだろう。しかし人間尊厳を傷つけられる痛みは大きい。そういった配慮といったものを、常に意識して持っていなくてはならないなと思ったりするのである。
 先のロケの話だが、後日密かに搭乗手続きをしている私の姿が映っていないかと、テレビ番組を観たのだけれど、このシーンは1秒かそこいらで画面のどこにも私の姿はなかった。

(忠)