雑 感

尾 ひ れ に つ い て


 女性職員が「退職した○○さんが遊びに来て、(忠)さんのこと良い人だと言っていましたよ。」と言う。「嘘だろう、あいつがそんなこと言う訳がない。」と言うと「私は、尾ひれをつけても、嘘は申しません。」ときっぱりと言った。
 尾ひれと言えば、私なんかは小心者だから、嘘とか大ホラは吹けないけれど、小ホラを吹いては後に悔いとなって身を責めることがよくある。
 数年前のことだけど、友人と赤のれんでしこたま飲んでいたとき、その友人が人脈がいかに人生にとって重要かと言ったことをくどくどと話し出した。この友人酒癖は良くない。「お前、徳島で財界や政界の大物で懇意な人なんかいるかぁ」と舌をもつらせながら言った。「俺なんか、知事でも市長でも商工会議所会頭だって懇意だ」と得意げに言った。「なに威張ってる、それがどうしたと言うんだ」と口論になった。「あぁーお前人脈ないんだぁ」とからかわれて「俺は市長さんなら懇意だと」とつい言ってしまった。これは実にまずかった。嘘ではない、市長さんとは毎年4、5回は業界組合の総会などでお会いするのだ。この少し前のこと、夜のとばりが降りる頃、あたりは暗く至近距離でなければ顔がはっきり見えない時間に、市長は新町橋を歩いている私を数メートル前から判別し「やぁー(忠)さん今晩は、お元気ですか」と声を掛けてくれたのである。顔を見るのでなく私のシルエットを見ただけで声を掛けてくれたのである。これを懇意であると言っても罰は当たらないのではないかと思った。その時気さくで良い市長だと思った。目線を市民に合わせている。うれしかった。(まぁ選挙前ではあったけれど。)
 しかし、そんなに懇意かと問われれば、そうとも言えない。むしろ顔見知りと言った方が、当たっているかも知れない。市長と日常会話を交わしたことはなく、会ったときは、ただただこちらが恐縮して丁重に挨拶しているだけである。
 友人は、いよいよ調子が上がって言った。「あっそう、市長と懇意なの、それじゃ電話しよう、俺の携帯電話にはな、知事も市長も登録されているんだ、それじゃ電話するぞ」と悪乗りした。「あっ、止せ今頃の時間迷惑じゃないか」と慌てると「馬鹿、懇意というのはな、迷惑を迷惑と感じないのを言うのだ、電話するぞ」と言ってピッピッと電話した。「市長さんのお宅ですか、私○○と申しますお久しぶりです。市長さんは在宅ですか。ああそうですか、実は私の友人が市長さんと懇意だと申しまして是非お話がしたいと申しますんで電話させていただきました。今替わりますんでよろしく。そら替われ」と言って携帯電話を私に押しつけた。電話を替わり、市長の奥さんと話したことは覚えている。しかし何をしゃべったかは覚えていない。
 翌日、友人が電話を掛けてきて、「昨日のこと覚えてるかあ。俺は経営者だから関係ないけどお前はサラリーマンだからな、俺は知ねえからな。」と言って電話を切った。
 それ以来、市長とお会いしたときは目を伏せた。市長は何もおっしゃらないけれど汗をかいた。もう尾ひれは付けまいと心に強く誓った。
 こう言うと女性職員が「よく言いますねぇ、ホラ吹くじゃないですか。この間も酔って言ってましたよ。俺は少年時代は美男子でよくもてた。自転車での通学途中にゃ、角々に女学生が俺を待っていて、女性に囲まれて学校に通ったって。結婚適齢期に至ると、女性ドライバーが俺の顔に見とれて事故ったのが3回もあったって。そんな訳ないじゃないですか」なぞと抜かす。これは真実の話なのである。今は想像もつかないかもしれないが、保存状態が悪かったのでこうなったもので、ホラや、尾ひれを付けたのではない。若い頃の私の写真を見て貰えば分かる。
 高校生の頃など、背中に痛いほど女学生の視線を浴びていたし、20才代では、立て続けに若い女性が、運転中、車窓から私の顔を見止め、一瞬注意力が散漫になり、前の車におかましたのである。(お気の毒)それも3回、場所も言える。1回目が法務局の駐車場、2回目が経済センター前、3回目が元町の交差点、実際本当の話なのだ。
 しかしとも思う。尾ひれを付けて何が悪いと開き直りたい気持ちもある。人生小さく固まって面白いことがあるだろうか。多少でも自分を良く見せたいと思うのは自然ではないのか。
 例えば、毎日ゴルフの練習をして、それを人が見ていて、当日大くずれし、翌日「昨日のスコアは?」と問われれば、一つや二つゴマかして見栄を張ったりするのも許されるのではないか。それを「ハァハァハァー、お前のパートナーが言ってたぞ、1ホールで11も叩いたって」なんて抜かす奴は、貧しい性格ではないか。はったりでもホラでも、他人に迷惑を掛けない小さな嘘なら許すような世の中でないと生きていても退屈なのではないかと、屁理屈をつけて、懲りず再び尾ひれを付けた話をするのである。

(忠)