雑 感

趣 味 に つ い て


 「インターネットを操作していると忠さんの絵が出てきましてね。」と同じセンター内のオフィスで仕事をする若い男性がやってきて言った。「はぁ」と少し照れていると「あのイタリアの絵”いいなぁ”と思ったんです。ピンときました忠さんの絵だと。」とあらたまった声で言った。「えぇ!えぇ!ありゃ贋作でして、絵を始めたのは最近で、練習のためにプロの絵を書き写したもので」と驚いていると「えぇ、そうなんですか、それじゃ何故インターネットに?」といぶかしい様子をした。「いや、あれは無断登載されたもので、今抗議してます。でもヨーロッパを除いては、全て私のオリジナルです。」と私が言うと「まぁ、いいです。忠さんならきっと徳島の商店街の絵なんか描いているのじゃないかと」「えぇ描いてます。今、スケッチブック持ってますのでお見せしましょうか?」「お願いします。」とのことで、その若いサラリーマンはスケッチブックを開いた。「まあ、良く描けているとは思いますが、この車ワニのようですね。この通行人達、外人ばかり見たいですね」と少し落胆した様子で言った。「そりゃそうなんですが、ある程度は意識して描いたものでして」少し不満げに言ったら、「まぁ、いいでしょう。実はですね、私どもの情報誌の編集委員会にですね、候補作の内の1点として提出しようかなと思いまして。但し予算がないので無償ということでお願いに上がったわけです。」「ま・ま・まさか、表紙を飾る絵とかじゃないんでしょうね。」舞い上がって言うと「そう、そのまさかです」と応えた。「とんでもない。私のような下手な絵を、そりゃまずいですよ。品位を下げる」と抗うと「まぁ、採用されるかどうか分かりませんので、そのスケッチブック預からせて下さい」と言った。「はぁ・・・・・」
 困った。 赤面した。まだ絵を描き始めて間がない。本当のところ自分の絵は下手だと思っている。何時も安野光雅、内田新哉、永沢まこと、橋本シャーン等の画集を飽きずに観て、ため息を付いている。始め、画集を写していた。思い立ってスケッチに行った。スケッチに行って、何がいやだと言って人に見られる程嫌なことはない。受験で、出来の悪い答案を見られるようで誠に気恥ずかしく、隠して描いた。描いているうち、はまってきた。高じてくると誰かに見せたくなった。事務所で広げた。同僚が、面白がって、密かに、練習で描いた絵までインターネットに載せてしまった。あのヨーロッパの絵というのは練習用の絵なのだ。
 しかし、依頼されて、満更でもなかった。私の絵が大きな団体の機関誌の表紙になるなんて、光栄だし、夢のようだと思った。
 そごうデパートで、橋本シャーンのふるさとスケッチ旅原画展が催され、観に行った。売場の一角が美術室となり、シャーンの絵50点ほどが展示されていた。入るとひときわ大声で絵画の説明をしている人がいる。一目でその人が橋本シャーン本人だと分かった。
 風貌は以前から抱いていたイメージとは大きく違っていた。、年齢60才なのに頭は金髪、黒々とした髭を蓄え、鼻の上にちょこんと小さな眼鏡を乗せ、小太りで、しゃれた絵とは対照的に実にむさくるしい男だと思った。 シャーンが、絵画教室のお弟子さんと見られる、中年のご婦人方を従えて説明している。
「これは暑い日に描いた絵で、影が濃いでしょう。この影は構図上の影で実際とは異なります。」
「この絵は、風の強い日に描いたもので、樹がそよぎ、雲が走っている。雲をあらく描いてそれを表現している。絵には、季節感が漂っていなければなりません」
「これは、高校時代からJR高徳線に乗って描きたいと思っていたレンコン畑の風景で、この中でも僕の気に入っている作品の一つです。」
(30万円)
 徳島新聞の連載を見て”橋本シャーンのスケッチに出かけよう”という本を購入して読んでいた。1週間の会期中、4日通った。小さな部屋なので毎回小一時間で観賞できた。その都度シャーンは中央の応接椅子に座って、大きな声で誰かと喋っていた。買うか買うまいか迷った。展示された原画は20万円から30万円、買いやすい値段だなとは思ったが、いざ買うとなると迷った。迷っているうちに、次々と売約済みの赤マークが張られていった。買いそびれているうちシャーンに声が掛けたくなった。声を掛けようとすると、胸がどきどきした。シャーンはクレメントホテルに泊まり、駅前の海老一で毎日一杯やっていると言っているのを耳に挟んだ。絵を描く前に儀式としてワンカップを空けるのも知っていた。思い切ってシャーンに声を掛けた。「閉店したら、上のレストランで一杯奢らせてもらえませんか。」シャーンは言った。「今日は約束がありまして、次の機会に是非」それで買うのを止めた。
 趣味は多い方で土曜日は午前中がテニスのレッスンで、昼からは友人宅へ将棋に行き一日つぶれる。合間に絵を描いたり、ゴルフに言ったり、映画に行くのだから休日は忙しくてしょうがない。先日籠屋町の松竹へ”ラストサムライ”を観に行った。切符売場で2000円を出して入場料を払おうとすると「シニアですね」と問う。頭は禿げてはいるが、それはないぞと思った。「無礼者め」と言いたかったが、つい「はい」と応えていた。映画は面白かったし1000円で観られたのだから、良き日だったのだろうけど複雑な気分になった。
 趣味は多いのだが、ことごとく下手でぬきんでる物がない。勝負を競うものは、大抵負けている。「どれか一つに絞ったら。」と言ってくれる人もいる。しかし身体能力や器用さはもって生まれたものだと睨んでいる。いくら練習したって目に見えて上手くなるのは、ほんのわずかで、才能ある者との差は歴然だと思う。ならば最初から諦めて、勝負にこだわらず楽しめばよいと思うのだが、そこは人のサガで悔しさは拭えない。いっそ勝負のない趣味に徹しようかと思うが、人生の喜怒哀楽は、人との交わりの中から生まれるもので、つき合いに、わずらしさはあっても、自分一人の殻に閉じこもったら人生どんなに退屈なものになるだろうと思う。定年も間近くなってきた。毎日が日曜になったら、多彩な趣味に没頭して、人との係わりを大事にしていこうと考えるのである。

(忠