雑 感

上 が り 症 に つ い て


 上がり症というのは一生病のようだ。人は場数を踏めば克服できると言うが場数なんて山ほど踏んだ。未だに人前に出ると金縛りに合う。
 昨年同僚の結婚式に招かれて、”何か余興を”と頼まれた。「それじゃ、高砂でも謡いましょう。」と言ったら順番が繰り上がり、祝宴前の出演となった。 猛練習をしていたので落ち着いてはいた。前に進み出てマイクの前に立ち目を瞑り、「高砂やぁ〜」と呻って、目を開けて会場を見渡したら、脳神経がプッツリと切れた。頭が真っ白になって次の句が出ない。焦れば焦るほど出ない、重い沈黙が流れた。穴があったら入りたいし、穴がなければ掘ってでも入りたい気分になった。きょうび、高砂なんて知っている人がいないから、助け船を出す人もいない。 それでも何とか次の句を絞り出して最後まで謡うことができたのだが、もう恥ずかしくて、その日は失神するまで飲んだ。
 そういうことだから挨拶を依頼されるほど嫌なものはない。しかし職業柄そういう機会は多く、意を決して今まで何とかやってきたが、何時も挨拶を行う前の私の心臓は、ぱっくんぱっくんと波打ち、胸を破って飛び出してきそうになるのである。だから出足が躓くと、もういけない「アウ・アウ」と言葉が出ない。会議の時もそうで、座長が前触れもなく端から意見を聞いていくときがある、こういう時に、自分の番になるまでの時間は、地獄を見る思いがする。順番が近づくにつれ緊張感が高まり、手の平が汗ばんで顔が火照り、結局自分に廻ってくると言うことがない。ピントはずれを言っては後になって”もう少し気の利いたことが言えたら良かったのに”と悔が身を責める。
 一度だけ、知事、市長に続いて挨拶をする機会があった。そのときは体はすくみ、気が付けば手と足を一緒に前へ出しながら歩いており、舌は縮み、唾液がジュッと染み出してきて、挨拶は10秒ぐらいしか持たなかった。
 円卓を囲んでの食事も喉を通らず、困ったことに話題がなく、「笑い役」と「相づち役」を務めたのだった。
 ほんの偶にだけれど、うまくいくこともある。極度の緊張感が、開き直りを引き起こすというか、例えば火事場の糞力のようなものが生じることがある。 大学を卒業して就職しだちの頃、某電気工事組合の総会に招かれた。その懇親会は、阿波観光ホテルで100名を越す盛況で、出席者は会席料理を前に開演を待ちかねていた。最上席に座っていた私が紹介されて挨拶に立った。震える脚を片手で押さえながら、居住まいを正し、軽く咳払いをして、諳んじていた挨拶をした。疲れ果てて座った時、隣にいた仲居が「まぁ若いのに貴方って、末はどんなに偉くなるの!、大臣なの博士なの?」と驚いたように言った。しかし定年間近になっているけど何の変わりもない。まぁしかし、第3者に雇われて、自分の人生を自分で支配できずに他人にゆだねて、サラリーマン生活を続け、自分で切り開いてこなかったのだから、詮無いことだけれど、よく考えてみると、上がり症というのが自分の人生を左右してきたのではないかとの思いがする。
 上がり症は本番に弱い、将棋だって、テニスだって、ゴルフだって、ここ一番というときに失敗して負けてきた。緊張すると30センチのパットだって入らない。
 こう考えてくると、上がり症のために、入学試験、就職試験そして恋愛なども、人生全てのターニングポイントで失敗してきたのではないかと思ったりする。試験なんて自分の名前さえ書くのがおぼつかなかったこともある。これだけ失敗して、大火なく人生をこなしてこれたのは、よほど強運なのかもしれない。人生丸儲けというべきか。

(忠)