妓


黙っていようと思っても黙っていられないというか、こう嬉しさが込み上げるというようなことが先日あって、人が聞けばそんなこと聞きたくないと言うだろうけどやはり、喋りたくてあふれ出るのだ。

京都の祇園花見小路には料亭や茶屋が軒を並べ、もう夜の帳もおり薄暗い路地だというのに人通りは多かった。見るとひときわ大きな人だかりがある。引率している観光会社の社長が、ここは花見小路で最も有名な”一力亭”だと説明する。舞妓の写真を撮ろうとしているのか、カメラを持った観光客がひしめいていた。その人垣をかき分けて二、三軒進むと、引率者は、古風な建物の、二つ巴を染め抜いた粋な暖簾をくぐった。そこは「由良之助」という料亭であった。

一行の一人が 「なんか寺田屋に入ったようやなぁ、新撰組に襲われそう。」 とおどけて言った。

10人ほどのメンバーで今し方京都の企業を視察し、祇園に宿を取り今日の小宴会となったのだ。

祇園の料亭に上がっただけでもう上気していた。

季節京懐石を堪能し酒を味わう。

こんな幸せがあろうかと思っていると、しばらくして、若い舞妓2人とこぼれるような美貌の芸姑が1人、かくしゃくとした三味線を持った老女の4人が現れた。

舞妓を座敷に上げて、酌をさせるなんて、夢かと我が目を疑った。

これは、引率の社長の旧知である福井県鯖江市で日本酒 「梵」 を醸造する老舗の大店の紹介で実現した。

一行の面々 「良い企画だ社長。」 と賞賛して持ち上げる。

舞妓が名詞状のシールを差し出した。「宮川町君ぎく」 と印刷されている。

隣りに座った大手電器メーカー課長は 「いいなぁ・・・・・・いいなぁ・・・・・・。」 と感動で目を潤ませ、そのシールを携帯電話に貼ったりしている。

私も心地よい酔いがきた。

「まぁ、べっぴんやなぁ、顔がちいちゃくて日本人形みたいや。」 と言うと

「うれしおすなぁ、そんなこと言うてもろうて。」 と小さく照れて言った。

「ちっと酒飲み。」

「未成年やからあきまへんのや。」

「歳はいくつ?」

「17どす、もう一人は、妹で16どす、妹は半人前どすのやけん、下唇だけ紅指すことを許されてんのどす。」 とあどけない。

「それカツラ?」

「そやおへん、舞妓は自分の髪の毛どす。」

「舞妓は何人くらいいるの?」

「70人ほどと聞いております、祇園だけでなく四条通にもおりますんや。」

舞妓の君ぎく、君香は姉妹で妹の君香は舞妓になって1年未満であるために上唇に紅がない。両唇に紅をさすのは1年間の修行の後だそうだ、しかし派手な髪飾りをつけいているのは妹の方でこれも慣わしという。20歳になると「衿替え」という儀式があって芸姑となるらしい。

ほどなく、廊下の襖が開かれ二間続きとなり舞が始まる。

♪月はおぼろに

 東山

 霞む夜毎の

 かがり火に

 夢もいざよう

 紅ざくら

 しのぶ思いを振り袖に

 祇園恋いしや

 だらりの帯よ〜♪


あでやかで、綺麗で、見惚れた。座は盛り上がった。

時間は矢のように過ぎた。

「また、来ておくれやす。」

「まただって、紹介がなきゃだめなんだろう。」

「そんなことおへんぇ、予約さえしておくれやしたら、いつでも結構どすえ。」

現在は、やりきれないような災害や事件が起きており、住み難い世の中になっている。企業にとっても、労働者にとっても何か追いたてられているような厳しい現実があって、ストレス社会となっている。少子高齢化は、年金や税金の不安を募り、我々の展望ももてなくなっている。こんな時強く求められるのが”癒しであり、気分転換”である。

人間常に感動を求めていると幸運に巡り会えるものだが、今回のこのような大尽遊びは、昔は大店の旦那、現代は大法人が大法人との取引に利用していて、個人など見向きもしないのだろうと思っていた。

帰宅してインターネットで調べてみたら、ホームページが開設されていて値段表もあり、予約受付とある。「由良之助」 との屋号は、歌舞伎 「仮名手本忠臣蔵」 の大星由良之助すなわち大石内蔵助からきているのだそうだ。

また祇園へ行こう、「君ぎく」 に会いに行こう、友達誘って行こうと強く思うのである。



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