について


厄年あけた娘が、おみくじを引いたら、凶がでたという。

2度3度引いても同じで、1万円の護摩祈祷を3年間お願いした厄よけ開運祈願はどうなったのだろうと言う。しかも縁談の処は、成りがたしとある。

我が家では、厄年は薬王寺、正・五・九月は八栗寺と神棚にまつられている神様に律儀にお詣りするのが慣わしとなっている。

特に家内は、縁担ぎに熱心で普段でも、方位だ風水だとかしましい。

西は金運、東は健康とかで、黄色のカーテンを飾ったり、黄色の財布を持ったりしている。

私が60歳の厄年に薬王寺にお詣りに行ったとき、家内が社務所前で思案している。

「貴方幾ら持ってる?」 と問う。

「2万円とちょっと」 と応える。

「それ出しなさいよ。娘がね1万円の護摩をしているのよ。親は3万円の”1ヶ年の常祈祷”ぐらいしなきゃ御利益ないわ。」

「バカ、長者の万灯より貧者の1灯と言うじゃないか、貧乏人はたった1つの灯明でもお喜びになるんだよ。」

と言ったが家内は強引に私の財布を取り上げて、格別大きなお札をもらい、神棚にお奉りした。

その後薬王寺からはありがたいことに新年の挨拶を頂くようになった。

考えてみれば、人間なんて、生まれた時代が江戸時代なのか奈良時代なのか現代なのか、生まれたところがマリヤ様の馬小屋なのか、アフリカなのか、日本の病院なのかの様に、生まれながらにして運命に直面していて、その後の人生も運命にさらされて生きるものなのである。

大分古い事なのだが、幸町に中央会でも顧問をして頂いたりしていた、埴渕弁護士事務所があって、そりゃ良い先生でいろいろ話を伺った。

ある時先生は、上勝町で法律相談会があって、酒屋がお酒を運ぶ軽トラックに便乗して向かっていたらしい。クネクネとなった山道に車を駆らせていると山の傾斜に何とも枝振りの良い岩松があったそうな。それで2人は山によじ登って松を引っこ抜いてひょっと下を見ると軽トラックがずるずると後ずさりしていて、「仕舞ったハンドブレーキを忘れた」 と、酒屋が悲鳴を上げると同時に軽トラックは谷へ落ちたそうな。谷へ降りてみると、酒びんは無惨にも割れて散乱していたが一升瓶が一本だけ小石の上にスックと鎮座していたのだそうな。これは何かの因縁かと近くの神社にお供えして帰ったそうだ。

それだけの話だが昭和60年8月の群馬県上野村御巣鷹の尾根の日航機墜落事故でも、乗員乗客514人が事故に遭い、坂本九ちゃんも相撲の清国も亡くなったけれど、4人は生き残った。

そう考えると運命を決定づけるのは人間自身ではなく神であり仏なのであるから、人間一生幸せに暮らそうと思ったら信心しかないのだが、そうとも言えないのがこの世の中なのである。

ここらあたりがよく解らないところで、宗教によって神のあり方が違うし、見解の相違があって、宗教戦争も起こる。神は敬いて頼るべからずとの教えもある。

人間努力と辛抱と根性さえあれば、幸運は向こうの方からやってくるのだそうだが、私だってそこそこの努力や辛抱をしてきたつもりだが、例えば勝組と負組に分類されるとしたらきっと負組の方に組分けされるだろう。

しかし、人間にとって何が幸せなのかを考えてみると、生きていられて普通の生活ができること自体が幸せなのかも知れない。

負け組でも良い、何も望まないけれど、「家内安全にて災難疫病を逃れられますように」 と、今日も深甚から神仏に祈るのである。


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