について


「貴方、美吹にキスしちゃーダメよ、汚いんだから」

5月の連休だとあって1年9ヶ月の孫が、実家に帰郷していて、連日孫を抱いている。色が白くて美人で本当に可愛いのだ。

“幼児は肌を、子供は手を、青年は心を離さず育てよ”と言うが、まさにそれを実践しているのである。

頬ずりをし、キスをし、きつく抱きしめる。

私の顔を見ると 「ジイジ、ブーブー」 (外へ連れて行け)と言う。

歩かせると脚を突っ張って歩くので危うい。

はな・はる・フェスタに連れていって大変だった。

乳母車から降ろしたら、走って人混みにまぎれた。

百貨店のうまいもの展では、手の届く商品を片っ端から引っ張って落としていった。

その孫が40度を超える熱を出した。赤くなってむずかった。

沖浜のふれあい健康館の日曜診療所に連れていった。待合室は心配そうな若い親といかにも体調を崩した子供でごったかえしている。

昼にも来たのだけれど満員で夜の部にして下さいと追い返されて、改めてやって来たのだ。

孫がむずかるので抱いているうち、ガラス戸で仕切られた誰もいない部屋に入った。

「貴方何やってんのよ。ここどこだと思っているのよ」 と家内が血相変えて飛び込んできた。

「何処ったって、第2待合室と書いてあるじゃないか」

「貴方ってバカね。此処は伝染病の子がはいる隔離室よ。早くでなさいよ。何処も触わっていないわよね。」

その言いぐさが頭に来て、離縁するぞこの糞バァバァと思ったが、同時に自分の不明を恥じた。

数時間待って医者の診察を受けた。優しそうな医者だった。

「喉が腫れていて、鼻水が出ています。典型的な風邪の症状です。2、3日すれば熱は下がるでしょう。」 と言った。

家内が 「プロよねぇ。貴方見た。美吹あまり泣かなかったでしょう。あの子医者を見たら、火がついたように泣くのよ。あの先生にこやかに接して背中の方を先に聴診器を当てたでしょう。あれで子供の不安感を取り除いたのよ。」

「そうだ良い先生だ、人間柔和と笑顔、これが基本だ」

「ン・・・・・」

 

帰り道、家内が車の中で

「今日、爺さん婆さんが連れてきている子供いた?

 私 『自分の子が熱だしてんのよ、結婚式の二次会行くの止めなさい』 と言ったのよ。

 そしたら何と言ったと思う?

 『二次会の司会をすることになってるの。私がいたって何にもできないでしょう』 と言うのよ。

 バカよね。何にもできなかったって横についているのが親ってもんでしょう。そう思わない?」

「・・・・・」 

家内は苦り切った顔で言った。

こういった時の家内は危険水域に入っており、怖いのだ。

 

熱はいっこうに下がる様子がなかった。

平日になって近くの病院で、血液検査やおしっこを診てもらった。炎症反応があって原因が分からなかった。そこで以前入院していた兵庫県の 「子ども病院」 で診てもらうことにした。

病院へ向かう車中から孫は熱が下がりだし、体中に発心が出てきた。「子ども病院」 での診察では、「突発性発疹」 との診断で、心配は入らないもう大丈夫だと言う。肝をつぶしたが、熱が下がると孫は元気になった。

子供を育てるのは本当に大変なことだと思う。

私どもは共働きをしていて、自分の子供は同居していた父と母に任せっきりだった。恐らく私の母も父も孫の健康には心を痛めたのだろう。

しかし今は核家族で孫と同居する家庭も減ってきた。若夫婦は共稼ぎで、老人も子供をみるより働く時代となってきた。子供一人を育てるのさえ難しい世の中になったのではないか。

少子化の歯止めをかけるためには、行政は保育所の充実を、民間企業は職場と家庭の両立できる職場環境を作っていく必要があるが、年寄りが子育て経験を活かして、育児にかかわる制度ができてもよいのではないかと思うのである。

しかし10日間ぐらい孫をみて、腰を痛めてしまっているていたらくである。

それなら複数の老人達が子供一人を育てていくような社会になれば、少子高齢化も少しは改善できるのではないかと思うのである。

娘夫婦は明石のタコフェリー前のマンションに住んでいて、徳島へ帰るためフェリーの乗車待ちをしていると 「ジイジ・バイバイ」 との声が聞こえる。

マンションの窓から乗り出して手を振り体を揺すって大声で 「ジイジ・バイバイ」 と叫んでいる。

年を取ると涙もろくなる。

私も手を振り涙ぐむばかりだった。

 


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