記 partT


「貴方の食道からガン細胞が見つかりました。」 と勤務先で実施している定期健康診断病院の女性医師から告知を受けた。

愕然としてその場に立ちつくした。人生最大のピンチだと思った。

しかし、面と向かって剥きつけて言うのだなぁと時代の流れを感じた。

私の父親も30年ほど前、胃ガンを患い65才で亡くなったのだが、ガンを見つけたのは、その女医の父親だった。親子でガンを見つけてくれたことになるが、女医の父親は付添人の私にガンを告知して、本人には絶対悟られる事の無いように念を押した。このため父には亡くなるまでガンであることを知らせなかった。

女医は 「幸い、徳島大学病院に食道癌学会の権威であるT教授がいます。丁度明日が週1回の外来日です。今の時間だと予約はできませんので、予約無しだと1日がかりでしょうが、とにかくこの先生を目指して行ってください。」 と言った。

翌日妻を伴って大学病院を訪れる。

教授から 「原因は永年の酒と煙草だな。」 と言った。

2年前に煙草は止めたが、それまではヘビースモーカーだった。

30歳代、40歳代では、もうもうたる煙草の煙の中で仕事をし、濃いコーヒーで活力をつけ、夕方になると元気になってネオン街に出かけ、深夜まで深酒するのが日常だった。

悔やんでも後の祭りだと妙に納得した。

「ガンの進行が早期だと内視鏡で摘出できます。その場合は内科担当となるので、まずそちらを受診して下さい。」 と言われた。

数日後内科で超音波内視鏡検査と内科教授の問診を受けた。

「ガンの進達度は、粘膜層を少しだけ突き抜けています。軽度だが範囲が広いこともあって、内視鏡での摘出は難しいですね。最近は抗ガン剤と放射線を併用した化学治療も進歩し、外科手術に比べても治癒率には余り差が無くなりました。しかし食道は背中の脊柱に沿ってあり、その前に肺や心臓があって、放射線治療を行った場合、長期的には肺や心臓に悪影響を及ぼすこともあります。貴方は年も若く、本大学の外科手術は優れているとの評判なので外科手術を勧めます。」 とおだやかに言った。

再び外科教授の診察を受ける。

「肺や胃の摘出手術に比べて食道ガンはかなりの大手術となる。首と腋下、腹の三カ所を各々10センチ程度切る。それで食道全部と胃の一部を摘出し、胃を筒状にして胃管として喉につなぐ。手術時間は8時間程度となる。」

不安が募る。

「この方法は失敗例がない。またこれに伴う合併症も飛躍的に少なくなった。あなたは、強い気持ちを持って手術に臨んで下さい。」 と言った。

かかりつけ医に報告と心配事の相談に行く。

「T教授は徳島大学病院のいわば看板だし、宝なのです。この道の権威ですし、安心して手術を受けたらよいでしょう」

一番聞きたかったことを聞く。

「先生この手術は痛いんでしょうか。」

「そんなことはありません。最近技術が進みましてね、硬膜外麻酔という処置ができるようになりました。この麻酔は意識と痛さを切り分けすることができるのです。昔は麻酔が切れて意識が戻ると痛さが出てきましたが、現在はこの麻酔のお陰で 【あれ!もう手術済んだの】 って感じです。」

「手術説明書には、創部痛(手術跡の痛み)が長く続くように書いてありますが」

「大したことはありません、時たま 【痛い!】 と感じる程度です。」

切り取ってしまうので転移や再発の危険も無いし、痛くもなければ、すごくラクチンではないかと思う。

手術の日が来た。

同室の3人が送り出してくれた。

一人は自分の腹の大きな手術跡を見せて 「大丈夫だ、大したこと無い。」 と言い、漁師だという人は 「なあに、知らねぇうちに手術は終わっているぞ。心配することねえ。」 と言った。

ベッドにのったまま、手術室に向かう。

廊下の天井が走る。

手術棟の大きなドアが開いてからも沢山の部屋をやり過ごして、手術室に入る。

部屋には沢山の医師や看護師がいて、クラシックがBGMでながれている。

手術用ベッドに移し替えられて、手足を縛られる。

ベッドが天井に向かってせりあげられ、眩しく煌々と光る照明に近づけられる。

海老の格好をするよう指示され背骨の麻酔場所を手探りで探し当て、周辺を小さな針で予備麻酔をして、大きな針で刺す。

そこで気を失った。


 

---> partUに続く.....


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